2013.08.08 00:09|回顧
若い頃、旅行といえば、
国内外、いずれも個人旅行だったので、
個人でツアーに参加した記憶といえば…
遡ること約20年前の「尾瀬ハイキング」のバスツアー。

そうだ!
一番初めに勤めた会社の社員旅行が、
香港、ハワイ。
これもツアーだったな…。

…というわけで、ほぼ初心者マークのバスツアー!

とっても楽しかったです!

若い頃は、いろいろ決められた旅行なんて…と、
敬遠していた集団のツアーも、
この歳になると、
「人任せ」が魅力的であります。

行きも帰りも、
自分が運転することもなく、楽。

ただついて行けばいいので、楽。

宿泊のツアーは厳しそうだけど、
「日帰りツアーなら良さそうだな~!」と、
ここ数年間、密かに憧れていたので、
それがかなった形になりました(*^_^*)

感謝。

妻であるワタシだけが旅行だなんて、
絶対いい顔をしない夫ですが、
今回は、会社のつきあい絡みで
ウチの中の誰かが参加せざるを得なかった
ツアーだったため、
夫も、機嫌良く送りだしてくれました。

家の近所に集合し、
そこからバスに乗れば、
あとは、もう、ただバスに揺られ、
添乗員さんについて
練られた企画を楽しむだけ。

食事する場所やお土産屋さんを
自分で探す必要もなし。

運転や乗り換えなど、移動の労力も
必要なし。

基本、自由な一人旅行が好きですが、
それがままならない現状では、
こんな旅の楽しみも
「あり!あり!」と、存分に楽しんで帰ってきました。

なかなかない機会ですが、
またあったら、ぜひ参加したいです~。

本当に良い体験になりました。

感謝。感謝。

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2013.01.25 02:37|回顧
しか~し…ダイエー。

産業再生機構の支援を受け、
現在は、丸紅のもとで再建中なんですね。

ワタシの世代では、
確か20年ぐらい前まで、
ダイエーは、
「ダイエー帝国」と呼ばれ、
世間をブイブイ言わせていましたよね。

だから、ダイエーというと、
大企業のイメージがあるんです。
ワタシの中では。

でも、「ダイエー帝国」は崩壊し、現在は再建中。

今の20代の人達の中には、
ダイエー?なにそれ?スーパーだっけ?
という人もいるのかな。

時代(バブル)の流れを、
感じます。


2013.01.15 01:23|回顧
おばちゃんと娘たち。

おばちゃんの娘。
二女は、高校を卒業してまもなく結婚。

その頃の言葉で言うならば、
「ヤンキー」で「ギャル」だった二女。

小さな頃から、
勉強に関しては、ちょっとおバカさんで、
彼女の高校受験の時は、
「入れる高校があるのだろうか?」と、
皆で本気で心配しました^^;

まぁ、しかし…無事高校入学。
そして卒業。

…ら、即結婚^^;

「早すぎる結婚では?」と、
これまた周囲をヤキモキさせました。

が、ちゃらちゃらしていた結婚相手の男の子も、
いざ結婚となると、
さっさと堅気の仕事に転職し、

こどもを授かると、
旦那さん側の親の援助を得て
マイホームをほぼ現金で即購入。

今は、二人のこどものいる
四人家族です。

ほとんど遊ぶ間もなく
子育てに突入していった二女。

しか~しギャルママのはしり…という感じで、
生活の苦労を感じさせず、
自分なりのオシャレや子育てを楽しみつつ、
ゲーセンや飲食店でパートをし、
しっかりと生活費を稼いでいます。

おばちゃんが上京してきても、
なにかとおばちゃんの方がお金を出すことになるそうで、
「あの子(二女)は、お金にケチだからね~」
と、おばちゃんは顔をしかめて言いますが、

お金にシビアなのは、
おばちゃんに似たんだろうな^^;

こどもの頃は、
その行く末を、一番案じられた二女ですが、
今となってみたら、
10才以上年上のワタシより、
だんぜんシッカリ者でたくましいです!

3年近く会っていませんでしたが、
相変わらず飄々として、堂々としてました。

見た目は、小柄で華奢。
茶髪に、ストリート系のファッションに身を包んでいる姿は、
とても二人の子持ちには見えません。

小学生高学年の娘がいるのですが、
きっと、良く姉妹に間違えられるんじゃないかな~^^;


一方、長女。

現在、無職で賃貸に一人住まいです。

ワタシから見たら小さかった彼女も、
今やアラフォーです。

(あぁ!でも、会うと全然そんな風に思えない!)

二十~三十代と、
思いっきり独り身の自由を楽しんでいました。

自由度の高い会社に勤務。

国内~海外とフットワーク軽く飛び回り、
旅行三昧。

おしゃれに関心があり、ブランドもの好き。
おばちゃんによると、
長女の部屋の中は、買ったもので
ごった返しになっていたそうです(今も)。

旅行…買物…ごった返し…
ワタシの若い頃と同じです…。

しかし、数年前に脳腫瘍であることが発覚。

頭蓋骨を切開する大きな手術をしました。

術後、1~2年は、
働いてた職場で仕事をしていましたが、
通院の影響もあって、結局解雇される形に。

その後、保険レディをしましたが、
試用期間後、ノルマ制の給与になると、
収入がほとんど入らなかったそうです。

ひと月5~6万の給与では生活できず、
今は、某資格の勉強をしつつ
求職中です。

日常的に抗がん剤の薬も服用しなくてはならず、
住まいは賃貸だし…
どうやって生計を立てているのか…

今回会った短い時間では聞けませんでした。

…というか…
支援できるわけでもないのに聞いてどうする…?


おばちゃん。
おばちゃんの娘たち。

自分。

そして、
自分の周囲を見渡してみても。


自分が描いた青写真通りに努力してすすんでいる人達もいますが、

多くは、
自身が思い描いていた将来とは違う、
思わぬ「今」を、懸命に過ごしているんだなぁ…と
思います。



そこから知るのは、

「良いことばっかり」
「悪いことばっかり」

どちらか一方だけ。
というのはないんだなぁ…と。


ことあるごとに耳に入ってくる言葉ですが…


誰も皆、

良いこともあれば悪いこともある。
悪いこともあれば良いこともある。


と。

本当にそういう風になっているのだなぁ…と
つくづく思います。


30代半ばで出産する前までのワタシは、
「人生いいことばっかりじゃん♪」と、
良く知りもせず、うそぶいていました。

2013.01.14 01:59|回顧
おばちゃんとその娘たち。

おばちゃんは、二人の娘たちが高校を卒業して数年経った頃、
離婚して、九州の離島に戻っていきました。

当時のワタシはまだ若く、
彼や仕事など、楽しい自分の生活に夢中で、
おばちゃんのことには、そう関心もありませんでした。

すでに大学生の頃から実家を出ていたワタシは、
実家の隣に住むおばちゃんに、普段もう会うことはほとんどなかったので、
「そうなのか~。おばちゃん九州に戻っちゃうのか~」というぐらいの
感想でした。

今、思うと…いろいろ大変だったんですよね…
その頃のおばちゃんは。

おばちゃんの夫であるおじちゃんは
自営業で、
とても明るくて愛想の良い人でした。

羽振りも良いようで、
仲間と東南アジアツアーに出かけて
(あの頃当たり前のようになっていた●春ツアーですよ)
おばちゃんを怒らせていたり、
娘2人を連れて、ハワイ旅行に行ったりしていました。

が、実際は、会社の経営状態は悪かったようです。

それなのに、お金をお遊びに使っているおじちゃん。

堅実なおばちゃんは、愛想をつかして、
いっつも怒っていましたね。

こども心に、おばちゃんはシッカリ者。
という印象がありました。

美容師の資格を持っていたので、
おじちゃんを当てにせず、
自分で働き、しっかりお金を貯め、
一部を「株」に投資し、
バブルに乗って、そこそこまとまったお金を作り、
そうして、そのお金を持って、
九州の離島へ帰って行ったのです。

おじちゃんは、会社も潰し、
自宅も売却し、
ワタシが慣れ親しんだ
隣のおばちゃんちは、
結局十数年前に
「離散」という形になりました。

おばちゃんは九州の離島へ。

娘のうち、二女は、若くして結婚。

長女は、近所の賃貸に移り一人暮らしをスタート。

おじちゃんは、近県へと引越しました。


おばちゃんは、美容師という資格で
離島で生活をしています。

年老いたお母さんと同居し、
介護をしながら仕事をしていましたが、
お母さんは数年前に亡くなりました。

今は一人暮らしです。

美容室…といっても、
住人のほとんどは、70代~80代の高齢者なので、
経営状態は推して然るべし…です。

おばちゃん自身も、
数年前に血液の癌が見つかり、
本土の病院で大きな手術をしました。

元々は、
ものすごく明るくてパワフルな人ですが、
後遺症や加齢による体力の弱さで、
疲れがひどいそうです。

そうは言っても、
「飛行機に乗ってやって来られるんだから。」
と、おばちゃんの元気キャラを思いこみたかったのですが…

…前回会った時よりも
ずいぶんと沈んだ様子でした。

自分の体調の悪さでさえ、
ワイワイと賑やかに話題にしていたおしゃべりなおばちゃん。

でも、今回の2年ぶりの再会では、
ちょっとしんどそうでした…。

2013.01.13 01:08|回顧
ワタシが3歳の頃から住んでいた実家。

当時の新興住宅地。

住み始めて数年後、
隣に住んでいた若いおじさんのところに
お見合いで九州の離島から嫁いできたのが、
「おばちゃん」でした。

まだ小さかったワタシや妹を可愛がってくれたらしいです。
(小さすぎてあまり覚えていないのですが。)

ワタシが8歳の頃に、
おばちゃんは長女を出産。

3年後には二女を出産。

ワタシが、おばちゃんの産んだ赤ちゃんを
抱いている写真が何枚もあります。

赤ちゃんは大きくなり、
物ごころついた頃には、
ワタシ、妹、おばちゃんの二人の娘。

四人で姉妹のような付き合いでした。

玄関ではなく、塀を乗り越えての行き来。

こども時代、私達姉妹とおばちゃんの娘姉妹は、
非常に密接な関係でした。

それもこれも、たまたま
ワタシの母もおばちゃんも、細かいことを気にせず、
「来るもの拒まず。来客歓迎!」タイプだったからだと思います。

夜遅くまでどちらかの家にいても、
怒られたりしたことなく、行ったり来たり。
双方、まるで自分の家のように過ごしてました。

ご飯も良く一緒に食べていたなぁ…。

当たり前のように思っていたけど、
大人になってから、
それって珍しいことだったんだな…と気がつきました。

自分達が中学~高校となるにつれ、
行動範囲が変化していったことで、
一緒にいる時間は目に見えてなくなっていきましたが、
今でも、おばちゃんの娘たちには
身内のような感覚があるのが不思議です。

それは、彼女たちからしても同じことで。

年齢も離れているし、
特に、普段会うわけでもないし、
連絡をとりあっているわけでもないし、
助け合うわけでもないし…

…そうなったら、気持ちが遠くなり、
自然に消滅しそうな関係ですが、
そうならない。

何年会っていなくても、
会うと、以前のままの気持ちと状態であることが
互いに良く分かるのです。

友人でもない。
知人でもない。
親戚でもない。

不思議なつながりです。

一番近いのが、血のつながらない「いとこ」といった感じかもしれません。
いや…「いとこ」…というより、やっぱり「妹」に近いかな…

ワタシが「姉」として面倒を見ているわけではまったくないし、
何か問題があった時に、
本当の兄弟のように心配し合うということもないので、
だいぶあつかましい言い方かもしれませんが、
それでも「妹」という感じが一番近いです。

(「妹的」存在。
という言い方が良いのかな…)


おばちゃんの娘たちは、
ワタシと10才近く年が離れており、
まだ若い世代で、
それぞれが自分のことで忙しいです。
(何よりです。)

でも、ワタシをこどもの頃から可愛がってくれていたおばちゃんは、
今は遠い離島で、一人暮らしをしている60代。
3年前に大病もしています。

そのため、
「どうしているのかなぁ…」と、心の隅でいつも気になっています。

だからといって、自分は何もしていませんが…

ただ…気になる。気になっている。

おばちゃんも、ワタシに会うとものすごく喜んでくれます。
(ありがとう)


今日は、おばちゃんとその娘たち(第二の姉妹?)に会えました。


嬉しい再会だったけど、
おばちゃんは2年前に較べて、やっぱり疲れていたし、
第二の姉妹の長女も、健康面で大変な状態であるのを知っているので、
だいぶせつない気持ちにもなりました。

会えたのはほんの30分程度。

もっとゆっくり話す時間が欲しかったです。

みんなに会える余裕の時間を作れるよう、
自分、もっとがんばろうと思いました。

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プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
都内在住アラフォーの妻です。

抱える借金6千万orz…。

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。

長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz

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