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2011.01.19 14:40|調停
いずれにせよ、
今回の調停で、ひとつの結果が出る。

これまで続いていた義母との
物理的な関係は、これで切れることだろう。


コメントでもいただいたのだけど、

それでも、義母が年をとったら、
結局面倒をみることになってしまうのでは…?という心配。

確かに。

何かしら、文書か何かで縁きりの約束(?)みたいなことを
しておかないと、そういうことになりかねないかも。

親子の縁は切れるものじゃない。

そう考えると、
厳しいようだけれども、
そこまでしなくちゃいけないのかも…。

今は、
「アンタ達は関係ない!」と啖呵をきっている
激しい義母を見ているので、
そんな義母が、今後、私達夫婦に寄ってくることは
ないだろう…と期待しているのだけれど。

ただ、それだけでは
≪縁が切れる≫ということには
ならない…。

自分の中のどこかに、
明文化してまで、義母との縁をきるのは、
ちょっとやりすぎなようも気もしていたが…。

でも!
それが甘いのだ!

今、自分たちがこうなっているのは、
そういう甘えがあったからのこと。

どこかで、
「親子だから…」という思いがあったように思う。


<親子だから、このままズルズルとなんとなくいくのではないか…。>
<いずれ義母が倒れたら、自分が看るんだろうなぁ…。>

…嫌だけど、そんな風に思っていた。

夫も、義母の生活費を全く無視してわけではない。
面倒みる気があったのだ。
「親子だから…。」


なのに、義母の方が
そうではなかったのだ。

義母は、ハッキリと自分の老後のために、
≪競売≫という選択をしたのだ。


息子夫婦が仕事を続けられるかどうかなんて関係ない。

夫との親子関係なんて、今の義母の方が否定したのだ。


それで、あとから、
「親子だから…」と、
助けを求められるようなことがあっても、
納得がいかない。


ならば、
きっちり縁が切れるよう、
明文化するのが良いのだろう。


弁護士と面談した時にも、
「親子だから…と言わず、
相続の時に、もっとしっかり双方の権利などを
決めておいた方が良かった。」と言われた。



優しい関係で使われる
「親子だから…」は、
思いやりにあふれて美しいけれど、

いがみ合っての関係で使われる
「親子だから…」は、
互いに、自分に都合が良い時に使うばかりだ。


義母は、
「アンタ達の世話になんか絶対ならない!」と、
言っているのだから…


今のうちに、
その言葉を書いておいていただきましょうか…。

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2011.01.19 10:22|調停
おはようございます。

今日は、都税事務所等で、
固定資産評価額などを調べてきます。

固定資産評価額は、
年度のはじめに送られてくる
固定資産税の納付書を見ればわかるそうですが、
それは、義母が持っていますので…。

競売にしろ、任意売却にしろ、
実際、この土地と建物が、
いったいどれぐらいでやりとりされそうなのか、
確認しておかなければなりません。

土地&建物の価格を決めるには、
大きく分けて、
3つの種類があるそうです。

①固定資産評価額
②路線価
③市場価

①が一番安い価格で、
続いて、②、③と、高くなっていくそうです。

そのうちどの価格で話をすすめるのかは、
案件次第になるようです。

まずは、
①を調べてきます。

2011.01.19 01:49|調停
(前の記事からつづいています。)

あるいは、義母は、
自分の兄弟身内を頼って故郷に戻るのか?
という線も考えています。

義母の故郷は、
東京からちょっと離れた県にあります。

兄弟、親戚のほとんどは、その地で暮らしているようです。

夫に聞くと、
義母が、たまに帰ることがあったぐらいで、
義母の親戚がこちらに遊びに来たことはほぼないそうです。

みなさん、高齢のせいなのか、義母の性格のせいなのか、
あまりつきあいの気配を感じません。

それでも、義母は
「私の兄弟は団結力がスゴイのよ。」と、前々から言っていました。

なので…売却後は故郷に帰るのかな…?
とも思ったのですが…

末っ子である義母を一番可愛がってくれていた。というご長男が、
数年前にお亡くなりになりました。

そのご長男は、
義母が生まれ育った家屋を継いで暮らしていたそうですが、
両親が亡くなり、長男夫婦だけになってからも、
義母は、「(その家は)自分の家だから」と言って、
遠慮なく帰っていたらしいです。

(そういうところが、兄弟間で
ちょっと問題になったこともあったようです。)

そんなわけで、
ご長男が亡くなった時に、
義母は
「もう帰るところがないじゃないねぇ。」と
ぼやいていました。

自分のお兄さんが亡くなり、
かつての自分の生家に、そのお嫁さんだけとなってからは、
さすがに義母も、我がもの顔で帰るわけにはいかなかったのでしょう。

そんな事情からすると、
義母が、親戚を頼って自分の生まれ故郷に戻ることはないように
思えます。


ならば…
最後に考えれらるのは…

義母と義弟が一緒に暮らす。ということです。

義母と義弟は、互いに思いやっている
良い関係です。

そして義弟は独身者です。
現在、都外で賃貸生活しています。

現金化された二人分の相続金なら、
都外で住宅購入も可能でしょう。

たぶん…これが一番自然…

と思うのですが、

自由に気ままな暮らしぶりの義弟と、
自分の言うことが絶対な義母。

そう考えると、この線もないかも…


もし、この最後の推測が現実になるのであれば、
自分、義弟を無条件に尊敬します。

かつて義弟は言っていました。
「どんな親だって、自分の親だから。」

それを聞いた時、
「すごいな。」と思った一方で、
んなこと言ったって、
その当時、義弟の方から、
義母の今後の生活費を心配してくるわけでも
相談してくるわけでもなかったので、
「結局、全部、お兄さん(=夫)に、任せているじゃん。」
と、ちょっと腹が立ったのを覚えています。


なので、もし、
義母と義弟が一緒に暮らすということになったら…
義弟の覚悟と優しさに、
ただただ感服することと思います。

さて…義母は、いったいどうするというのでしょう…



2011.01.19 00:34|調停
素朴な疑問です。

数年前から、
「ここを売って、ゼロにする」と
言っていた義母ですが、

「そうしたら、お義母さんは
どうするんですか?
住む家はいったいどうするんですか?」
と、何度か聞いたことがありました。
その時は、本気で心配してました。
(今は…?)


「アンタ達には関係ない」と、
バッサリ切られましたが、
そういう覚悟、ある意味スゴイ…と思う…。


「私は、雨風しのげればいいのよ。」とか、
「アナタの実家の方なら、2万円ぐらいで住めるのよね?」
(どうだろ?さすがに2万では…^_^;)
と、言っていたこともありました。

…ということは…

東京(ここ)を離れ、
どこかの県に移り、月2万円程度の家賃の部屋を借りて住む。
ということでしょうか?

確かに、高齢者用優先物件として用意されている
近県の公団となれば、2万円ぐらいで借りられるのかも。

私達とのしがらみから解放され、
そういうところでのびのびと暮らせるのなら、
それは良いことだよな~と思います。

夫は
「のびのびは無理だと思う。
どこ行ったって、周囲が気になってしょうがない(人だ)から。」
と言うのですが、
もしかしたら、義母の第二の人生が拓けるかもしれない。

いくら義母のことを嫌いと言ったって、
もう私とは関係なく、離れたところで生きていかれるのであれば、
幸せであってくれた方がいい。
これまで苦労してきた人なんだから。

もう、嫁、姑、関係ないんだもん。

嫁である私と離れられれば幸せ。であるのなら…
それで幸せになるのであれば…


「どこに住むかあんたたちには関係ない。」と言われれば、
深追いはしませんが、素朴に不思議に思っています。

義母…四捨五入で70歳…。
いったいどこに住むのだろう…

(つづきます。)

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プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
アラフォーの妻です。
(→現在は、50オーバーとなりました)

抱える借金6千万orz…。
(→現在は、約4千万です。アパートローン含みます)

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。
(→現在も、廃業スレスレでやってます)

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。


長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz
その顛末は、カテゴリ≪調停≫~《民事裁判》で記事にしています。

追記:2012年7月~8月 調停から裁判へともつれこんだ1年8カ月に及ぶ義母と決着。

追記:2013年 自営の経営不振で収入激減。居ても立っても居られずパートをはじめる。

追記:2016年 こどもが不登校に。その顛末は、カテゴリ≪不登校≫で記事にしています。

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