2011.03.31 01:27|日記、にっき
地震後

食料…翌日、スーパーに普通に買い物に出かけた。
   「非常時に備えて」ではなく、
   ちょうどお米もきれてしまい、
   いつも通りの買物が必要だったので。

   カップラーメン売場は、すでに品薄。
   みんな余震に備えたんだろうと思う。

   でも、買占め…という雰囲気は全くなく、
   誰もが、「とりあえず2~3個は…」という感じで、
   手にとっていた。

   我さきに…という様子はなかったので、
   みんな節度があったと思う。

   ただ、一人の2~3個買いが集中すると、
   結果的に品薄に。

   それだけも、生産~流通に多大な影響が出るのだと
   良く分かった。

   当初、報道で使われたいた「買占め」という言葉は
   すぐに使われなくなったように思う。

   「買占め」という言葉は、実際の様子からして、
   ちょっと過剰では?と思っていたので、
   ほっとした。


   「買占め」 → 「買い控えのお願い」に。
   
   
何もなくなってしまった被災地の様子が明らかになるにつれ、
救援物資の不足が言われるようになると、
買い控える人は確実に多くなった。

 
こんな時、
自分(達)だけのことを考える日本人は、本当に少ないのだなぁ!
とかなり感動した。


危うく報道での
「買占め」という言葉に煽られるところだった。

スポンサーサイト
2011.03.31 01:10|日記、にっき
大地震のあと数日は、
24時間…1日中…あれほど余震にドキドキしていたというのに…

驚くほど急速に、
あの大きな揺れへの恐怖を
忘れていく。

いつまでもびくびくしてはいられないが、
忘れてはいけない。


地震直後から数日間。
常に気をつけていたことを書いておきます。


・玄関扉は、常に少し開けたままにしていた。
 
・靴を履いて生活していた。
 →まだおろしていない新品のスニーカーを
  はいて過ごしていた。
  子どもにもはかせていた。
  こたつに入る時でさえ、脱ぐ気になれなかった。

・洋服を着たまま寝ていた。
 →パジャマでいる余裕なし。
  もし、今、地震が起きてたら…
  パジャマのような薄着では、寒さにとても耐えられない。
  いつでも逃げ出せるように、洋服を着て布団に入っていた。


・緊急地震速報。
 テレビから、携帯から、アラームが頻繁になる。
 その度に、玄関扉に向けてダッシュ。

・24時間、地震の報道ニュースをやっていたので、
 まるまる3日間は、夜もテレビをつけて布団に入った。
 緊急地震速報や少しの揺れですぐに目が覚めた。
 まるで寝た気がしかなった。


何度も何度も起こる余震に、
24時間緊張しっぱなし。

テレビ画面には、津波に流されていく町の映像が
流れ続け、信じられないような光景をみているのだ…と
恐怖にすくんだ。

24時間、コマーシャルいっさいなしで
地震の報道。

ヘルメットをかぶっているキャスター。

1時間経つごとに、さらに明らかになっていく被害の大きさ。


異常事態。



2011.03.31 00:47|日記、にっき
世の中、
このような大変な事態になっているというのに、
自分達の問題も考えなくてはならず…
うまく気持ちがおさまらない日々が続いています。

家も仕事も失う。

今回の震災前までは、自分達だけの問題だったのに、
震災後の被災地は、そんな人だらけで…。

もう…なんというか…

その不安と絶望の大きさが、良くわかるのです。

いや…
「わかる」なんて、軽々しく言えやしない。


家や仕事どころか、大切なこどもや家族を失くしてるのだから、
自分の絶望の比ではありません。


「被災地のみんなに較べたら、自分の状況なんて…」
と、本来ならありがたく感謝すべきところだと思うのですが…


心底そうも思えない自分がいます。


日々…自分の心の中にある卑しい部分と
対峙する毎日が続いています。

2011.03.22 12:38|日記、にっき
東京電力全体の電力使用状況が確認できます。

   ↓

電力使用状況




2011.03.22 10:09|日記、にっき
おはようございます。

今日はどういう1日になるのでしょう。


被災地…原発…余震…


日が経つにつれ…

食品はもちろん…
蛇口から出る水…
空から降る雨にさえ…
おびえなければならない。


地で育つ野菜はどうなる?
海の魚はどうなる?
牛は?にわとりは?

それらを生業にしていた人達はどうなる?

これまでにない危機に直面し、
おかみたちも混乱しているのが
手に取るようにわかる。


正直、自分の個人的な問題も含め、
先への不安が大きくて…
胸がつぶれそうである。


とにかく…
自分にできること…できること…


「いい1日にするぞ!」


声に出して言ってみる。


2011.03.22 01:07|日記、にっき
毎日、祈るような思いで、
福島原発のニュースを見ている。

一触即発の状況を、
息をのんで見ている。

おそらく異常な緊張と修羅場の続く現場で、
今も…たった今のこの時間も…
原子炉を相手に、日本中の悲願を背負い、
闘っている人達がいる。


冷たい雨の降る東京の夜。

被災地はどれほど寒いのか。

満足な布団もなく、
寒さに凍えながら横になっている人達がいる。


明日…

原子炉の状態は、
今日よりも、よくおさまりますように。

被災地には、雪予報が出ているようだけど…
太陽が顔を出し、1日も早くあたたかい一昼夜となりますように。

どうかお願いします。

2011.03.18 15:12|日記、にっき

都内の放射線測定結果です。
1時間ごとの測定結果も確認できます。
   
   ↓

東京都の環境放射線測定結果

2011.03.18 10:11|日記、にっき
今日から、東京都でも救援物資の受付が始まりました。
以下、東京都HPの該当ページです。
    ↓
東京都救援物資受付


2011.03.17 10:55|日記、にっき
おはようございます。

シンディ・ローパーが、
この大災害の騒動の中、あえて東京公演を決行しましたね。
(不謹慎…と言う人もいるのかな?)


「少しでも勇気を与えることができるなら」という強い思いからだそうです。

シンディは、若い頃、自分にとって
「ちょっとぶっ飛んだヘンな姉ちゃん」という存在でした。

奇抜だけど、その歌やふるまいに、
あたたかい眼差し感じさせてくれる可愛い人で、
大好きでした。


そのまま変らず年を重ねているのですね。


どんな状況でも、どんな場所でも、
自分のできることをする。


以下は、アルゼンチンの空港で、
フライトの遅延や延期で、イライラしはじめたお客を、
やはりお客の一人としてフライト待ちしていたシンディが、
空港内にあったアナウンス用マイクを手にとって、
自分の歌で楽しませている映像です。
(私のブログだと右端がきれてしまっているのですが、画像上部にカーソルとあてると、
 Cyndi Lauper canta en aeroparque… という文字が出てくるので、
そこをクリックすると、切れていない画面で見られます。)


とっても素敵な映像です。





2011.03.15 13:30|日記、にっき
ウチは、細長い5階建ての建物の最上階。
近くに大きな幹線道路もあるので、
しょっちゅう揺れています。

しょっちゅうというより、
常に…という感じで。

なので、揺れには鈍感になっているのですが、
今回ばかりは、
はじめに、
ズシズシズシ…と静かながらも不気味な振動が
まずは地面から伝わってきて、

あ、これはマズイ!

と、思ったとたんに、ガタガタと揺れ始め、
その後は
ぐらん~ぐら~んと、建物全体が大きく揺さぶられました。

どうしていいかわからず、
とにかく脱出口を確保しようと扉に向けてダッシュ。

扉を開けて、扉につかまって
身を低くしていました。


外に飛び出るのもキケンだし、
中にいるのもキケンだし、
本当にどうしていいかわからなかったです。


立っていられない…というほどではなかったけれど、
何かにつかまっていないと、
まっすぐには立っていられませんでした。

建物も、窓のから見える電柱もグラグラと揺れまくり、
荒波の中の船に乗っているようでした。

部屋の方からは、
ガチャン!バタン!と、様々な衝突音が聞こえてきました。

だいぶ長く感じ、揺れがおさまってから、
急いで、1階の工場に降りていきました。

共有階段の壁は、従来の亀裂に沿って、
塗装片がボロボロとはがれおちていました。

工場の中、機械は何事もなかったけれど、
棚の上の方にあった備品は、ほとんどが落下し、
積み上げて保管してある資材は、崩れ落ちて床に散乱していました。

動揺しながらも、片づけ。

夫は、機械をとめている場合ではないので、
強い余震が来ても、とにかく機械を回し続けていました。

5階の自宅に戻ると、
食器が10~15枚、ガラスの貯金箱、ガラスのスタンドライト…
などが割れていました。

テレビやパソコンモニターはひっくり返り、
振り子時計は壁から落ち、
スライド式になっている家具の引き出しは全て開き、
砂糖や塩、オリーブオイルなどの容器も床に落ちて、
調味料が床一面に広がっていました。
机の上、棚の上、流しの上、オープン戸棚、
そういったところにあった物のほとんどが、
床に落ちていました。

大きな家具もずれていました。

あまり高い家具はないのですが、
一つだけ背の高いキャビネットがあり、
それは、前面から倒れていました。

前面はすりガラスになっているので、
割れてしまいましたが、
幸いたたんだ布団の上に倒れていたので、
飛散はまぬがれました。

実は、今も余震がコワいので、
まだそのままに倒してあります。

よって、ガラスも布団もそのままに。

こどもと自分が使っていた布団達だったので、
今は、とりあえずキャンプ用の簡易な寝具を使って寝ています。

自分一人ではとても起こせない重さなので、
夫の仕事と、余震の状況を見て
直したいと思っています。

昨日あたりから余震もだいぶ少なくなり、
それにつれて、片づけもだいぶ落ち着いてきました。

なにしろ頻繁に余震や緊急予報が出るので、その度に、
ドアに向けてダッシュ…という感じです。
(5階にいるので、とにかくドアが一番の逃げ道です。)

トイレに入るのも、シャワーをするのも、
気を抜けず、緊張の毎日が続きました。


本震~余震と、ずっとゆられっぱなしで、
軽く酔っているような、めまいがしっぱなしの状態です。

もう慣れてきてさえいるのですが、
大きな余震の可能性がまだまだあるということで、
用心を忘れないようにしたいと思います。

2011.03.15 10:17|日記、にっき
政府の不安な手腕、もどかしい東電の会見、交通の混乱、情報伝達の不足、
思うようには進まぬ救援救助…

不平不満はいくらでもあるだろう。


メディアでは、

東電の会見で、記者が厳しく詰問する姿が映し出される。

こんな政府の対応はお粗末だ…と辛辣なコメントを残すキャスターや
コメンテーターもいる。


苦言、辛辣、糾弾、不満…
そういうことは、
自分は、今は、メディアの人にまかせたいと思う。


今、原発の現場では、身体をはって最善を尽くしている作業員がいる。

被災地では、人を救おうと、全力で活動している救助隊がいる。

世界中から、祈りと励ましが、日々、限りなく届いている。


地震の翌翌日。
画面に一人の初老の男性が映し出された。

津波と火災で全てを失い、
ガレキの山を背に、
スコップ片手に片づけをしている。

レポーターがマイクを向けた。
「大変ですね。」

いきなりそう声をかけられた男性は、
「ここだけじゃないですから。」
と、すぐに返した。

口から出てきたのは、
自身の不平や失望の言葉ではなかったことに、
私は驚いた。

大変なのは、自分だけじゃない。
みんなだって大変だ。


これ以上ありえないほど過酷な状況だというのに、
即そう答えられる心のあり方に、
感動した。

被災地では、一人一人が耐えている。


被災地の避難所の映像では、
笑顔ではしゃぐ幼子達が時々チラリと映り込む。

どんな状況であっても、
こどもは笑顔と共にある。


被災地にいない自分は、この災害においては、
何かに不満を持ったり、誰かを責めたりせず、
今は、メディアが伝えてくれる 
そういった一生懸命な人達の映像や言葉を
心に焼き付けたいと思う。

煽られることなく、
他を責めることをせず、
自分は…自分は…と自分のことばかり考えないようにして、
被災地にいる人々につながることを考えて行動したいと思う。


2011.03.15 09:49|日記、にっき
おはようございます。

地震当日から、夜が明けるたび、
壮絶な被災状況が明らかとなり、愕然とする毎日。

おそろしさとやりきれなさでいっぱいになりました。

次々と飛び込んでくる、地震と火災と津波の凄まじい映像。
ヘルメットをかぶったキャスター。
何日も、コマーシャルのいっさい入らない報道番組。

そして、絶え間なく続く余震。

これまでにない異様な状況に、
トイレに入ることさえもコワくて、
不安と緊張の続く毎日でした。

余震は、昨日からだいぶ少なくなってきました。
それにつれて、ようやく気持ちも落ち着いてきましたが、
原発のこと、大きな余震のこと、
心配は消えません。

自分の心配は以上ですが、
大きな被災にみまわれた方々の、
悲しみ、つらさ、これから先への不安…
その途方もない大きさを思うと、
自分にできることを、とにかく何かしてあげたい。
と、強く思います。

そして、
自分の身の周りの小さなことから、
きちんと考え、きちんと前にすすめていくことで、
協力につなげていきたいと思います。

一刻も早く、
被災された人々に、
救いの手がのべられますように。

2011.03.10 10:52|きもち つぶやき
義母のことが、
また頭の中でいっぱいになってきました。


あ~言ってたな。

こ~言ってたな。

なんでそこまで言われなきゃなんないのよ!

そんなに私はひどいのか?


義母とのやりとりは、
考えてもまったく無駄なので切り離そうと努め、
(切り離そうと決心した記事→
ここ最近、ずっと成功していたのですが、
またぶり返してきました。

マズイです。


考えても仕方がない!

そう今一度自分に言い聞かせよう。


義母のことは、頭の中から追い払おう!

頭の中がまた義母だらけになってしまう、あの苦しさは嫌だ!


決着がつくまでは、
どうせまた義母のことを考えさせられる事が起こるのだ。

なので、それまでは義母の事を考えるのはやめよう!

その時がきたら、その時だけ集中的に短く考えればいい。


今は、別の事を考えよう!


「いい1日にするぞ!」



2011.03.10 10:28|日記、にっき
おはようございます。

一つ前の記事、改めて読み直してみて
嫌な感じ。

自分の嫌いな部分が良く出てる。

<自分はず~っと恵まれてて、幸せに生きてきたから、
こんなひどいことってしんじらんな~い>


と言っていてバカみたいです。


視野が狭すぎ。

人それぞれに環境も気持ちも違うのに、
自分の幸せ、良い人ぶりをアピール。


<私の心は澄み渡ってキレイです。なのでただいま、
世間さまの悪いところ、キタナイところを勉強中デス❤>


とアピしてるみたい。


嫌味な奴だな 

こういうところも義母の気に障っていたんだろうな。

反省。

あ、義母のことを考えるのはやめようと思ってたんだ!

2011.03.09 02:05|調停
義母と話したあと、
▲▲おじちゃんから電話が入りました。

おじちゃんとの電話を切ったあと、
夫は、首をかしげました。

▲▲おじちゃんから、

「他の親戚に今回のことを話したか?
こういうことは、人に言っても面白がられるだけだから、
他の親戚には言うな。」と言われたそうです。

つまり、親戚の中でこの話が広がると、
面白がられるだけだから話すな。ということです。

はぁ…
義母側の親戚づきあいは、そういうつき合い方なんだ…と、
夫と一緒に驚きました。

親戚、地域…
本当にいろいろなんだと、
思いました。

「他の人には言うな。」と言われ、
夫は、話の通じた▲▲おじちゃんも、
基本、義母と同じ土俵にいるんだな…と感じ、
少しがっかりした様子でした。

…てか、身内のトラブルを面白がる…って…
それってどういうこと?


私は、そういう意味でも幸せだったんだなぁ…と思いました。

自分の父方の親戚も、母方の親戚も、
そんな関係ではありません。

身内のトラブルに心痛めず、面白がるなんて、
あり得ないです。

父は厳しいけれど、自分の親兄弟は大切にしているし、
母は、兄弟で良くケンカしつつも、隠しごとなく筒抜けで
何か揉め事があったとしても、結局はあっけらかん!といった感じで、
いつの間にか仲直り。こちらが驚くほど陽気でさっぱりした関係です。
一緒にカラオケしたり、出かけたり。
筒抜け…当たり前です。


改めて…
世の中…ホントいろいろだな…


これは、勉強に違いない。
きっと、
世間知らずだった私に用意された勉強なんでしょう!

そう思っています。

2011.03.09 00:43|調停
(前の記事から続いています)

▲▲おじちゃんが、
「とにかく義母と話してみる」と言ってくれました。

…結果。

「心をまったく開かない。
たとえ兄さんの頼みでも、
今回はきくことができない。」

と言っていたそうです。

また、

「どうも悪いのは、
おまえ(夫)が3。
嫁さん(私)が7。のようだな。
嫁さんは、そんなに強いのか?」

と聞かれたそうです。

今回の事は、
私による原因が7割だということです。

義母の話を聞いたおじさんの感想です。

まぁ…わかっていましたよ。

目の敵にされているし、
毛嫌いされているし。


私がここからいなくなれば、
義母は許せるのでしょう。

本来は、私をここから追い出すのが、
義母の一番の願いなのでしょう。


私が出ていきさえすれば、
売却も競売も、ないことになるのかもしれません。
(というか、絶対ないことになると思います。)

どうする?私

自分が汚れ役なのは、
重々承知。

嫁というだけでNG。
さらに、自分こんな性格ですから。
義母に嫌われて当たり前。

でも、人に嫌われるのは、
いい気分ではありません。

なので、それなりに凹みます。


妹に電話しました。

「どうも7:3で私が悪いことになっているみたいだ。」と。


妹。あっけらかんと、

「気にしない!気にしない!そんなこと気にしないでいいんだからね!
お姉ちゃんが悪いわけないじゃん!気にしない!気にしない!」


ありがとう!
いつも心配かけてごめんよ!

涙が出てきました。


2011.03.08 20:15|未分類
●●兄ちゃんと、▲▲おじちゃんと
電話で話した夫。

ものすごく楽しかった?(^_^;)みたいです。

「電話してみて、本当に良かった」と、
言っていました。


義母の絶対ゆずらない頑固さは、
二人とも、良くわかっていたそうです。

これまで、義母側の親族が、
義母のことをどう思っているのか今ひとつわからなかったのですが、
今回電話で思いきってはなしたことで、
ほぼ自分と同じように思っていることを知り、
共感してもらったことで、だいぶ気が楽になったそうです。

実際に義母を知っている人からの共感は、
何よりも慰めになったことでしょう。

●●兄ちゃんは、義母に果物や野菜を贈ってきてはくれていますが、
それは気をつかってのことで(もちろん優しさからです。)、
だからといって、
直接義母と接触することは「あまりしたくないな~。」と、
本音をざっくばらんに話してくれたそうです。

義母は、●●兄ちゃんの家に良く出入りしていたので、
その頃の義母の話や、自分の気持ちをいろいろ話してくれて
盛り上がったそうです。

「(義母は)トラブル好きだもんな~。」
「ホントなんでも悪くとるんだよな~。」
と、電話の向こうで一緒に笑い飛ばしてくれたようです。

ただ、事は深刻だし、おかしいことなので、
「なんとかした方が良い。」と、
「▲▲おじちゃんに相談するべきだ」とすすめてくれたそうです。

「自分が(義母に)言ったって、話を聞いてくれるわけがないからなぁー!」
かつて、会えば義母に怒られていたことのある●●兄ちゃんは、
そう言っていたそうです。(え?●●兄ちゃんも怒られてたんだ^_^;)


そして、▲▲おじちゃんに電話。

これまで数年間のいきさつを話したそうです。

「もっと早くに言ってくれればよかった。」
「調停のことも、話のきた1月に話してくれればよかったのに。」
「今すぐにかけつけてあげられないけど。」(遠方に住んでいます。)
そう言って、心配してくれたそうです。

とにかく義母と「電話で話をしてみる」と。

▲▲おじちゃんも、実の妹ながら、
妹の頑固さに辟易しているようですが、
「とにかく話してみる」と言ってくれたそうです。

「もっと早くに話しておけばよかった。」
夫がそう言いました。

●●兄ちゃんも、
▲▲おじちゃんも、

「あんたは何も苦労をしていない。ゼロからはじめろ。」と
夫に対して言う義母のことを、
「どう考えてもおかしい。」と、一緒に憤ってくれたそうです。


(まだ続きます。)
2011.03.08 16:26|調停
(前の記事から続いています。)

●●兄ちゃんに連絡をし、
事の次第を話し、

そういうことだったら、
義母の兄にあたる▲▲おじちゃんに入ってもらった方がいいよ。
ということになりました。

続いて夫は、▲▲おじちゃんに連絡をとりました。

▲▲おじちゃんは、
義母が頼りにしている義母の兄です。


義父が亡くなった時も、
▲▲おじちゃんを、
「あの人は、モノを良く知っているから。」と言って、
田舎からすぐに呼び出し、
義父の葬儀一連のことで、頼りにした人です。

その時も、義母は、
夫や義弟や私にいっさい頼ることなく、
口をはさませる余地も与えず、
田舎から出てきた▲▲おじちゃんに
全てをまかせていました。

それだけ…義母が心頼りにしている人です。

とても話のしやすい方です。

これまでも、
義母の言っていることがワケわからず、
困り果てた時、
「▲▲おじちゃんに、相談してみようか…」と、
夫と話したことが何度もありました。

ただ…いかんせん…義母の兄弟ということもあり、
どこまで義母のことを相談したらいいか、
迷うところがありました。

結局義母への悪口ととられるかもしれないし…
兄であれば、それは不愉快だろうな…とか、

もしかしたら、もう義母との関係に
▲▲おじちゃんも距離を置いているかもしれない…。
(※その理由は最下部に)

などなど…です。


そう考えて、これまで何度か相談したくても、
▲▲おじちゃんに連絡をすることはありませんでした。

よって、
夫から連絡をするのは、
今回が初めてになります。

(次の記事に続きます。)



※義父の四十九日の時に、一揉めあったようです。

義母が「四十九日には親戚をよばないでやるから。」と言いました。
(お金を葬儀で使い果たしてしまったからだと思います。)
それでも「▲▲おじちゃんだけは呼ぶから」と義母は言いました。
▲▲おじちゃんに、行事の流れをまかせたかったからでしょう。

ところが、▲▲おじちゃんからすれば、
自分は、義父側の親族ではないし、
義父側の親族をさしおいて、自分だけが行くわけにはいかない。と…。
それで断ったようです。

当たり前といえば当たり前ですよね…。

詳細は、義母が話してくれなかったのでわかりませんが、
そんなことがあったようで、
結局、四十九日の話さえなくなってしまいました。

おかしな話ですが、夫や自分に声はかからず、
やったのか。やらなかったのか。
わかりません。

とにかく…誰の口出しも許さず、
全てを仕切っていたのは、義母ですから。

そんないきさつもあり、
もしかしたら、義母と▲▲おじちゃんも、
必要以上には交流していないかもしれないなぁ…
という気がしていたのです。

2011.03.08 15:54|調停
(前の記事から続いています。)

今、まったく交流はありませんが、
夫より少し年上のいとこがいます。

少し遠方の県。
義母の生家の近くに住んでいます。

小さい頃、夏休みになると一緒に遊んだそうです。
十代後半には、ドライブに連れて行ってくれたりしたそうです。


夫は、「●●兄ちゃん」と呼んでいます。

義母の兄弟のこどもにあたる人です。
つまり、義母側の親戚。義母にとっては、甥っ子。

夫と●●兄ちゃんは、
義父が亡くなった数年前の葬儀の時に、
20年ぶりぐらいに再会しました。

昔交流していた頃とちっとも変らぬ態度で、
夫は再会を喜んでいました。

●●兄ちゃんと夫の交流は、普段ありませんでしたが、
義母には、定期的に産地の果物や野菜を送ってきてくれたりして、
義母を気づかってくれているようでした。

なので、
義母も、●●兄ちゃんをいつも高く評価していました。

夫にも義母にも、
穏やかな対応をしてくれる●●兄ちゃん。

●●兄ちゃんになら、
今回の話を聞いてもらえる!

何か変化があるかもしれない!

そう思いついて、夫は電話をかけてみたのです。

(続きます)

2011.03.08 15:10|調停
2回目の調停から戻ってきた
夫の様子の続きです。

調停委員さんが、
夫に対して親身になってくれているものの、

結果としては、
義母の頑なな態度がより一層明白になったということで、
夫の気持ちは、行きづまりました。

「競売はやめてもいいが、
アンタにだけは絶対売らない。
それが条件。」という義母の態度。


すぐにも競売に出して欲しい。と言っているらしいです。


競売になったら、
義母の老後の資金も、ぐっと少なくなるはず。

それでも、「息子に売るよりはいい。」と言っている義母。

どう考えてもメチャクチャだと思いますが、
義母の気がすむには、それしかない!のです。

義母にとって一番大事なことは、
≪自分自身の気がすむこと≫なのです。


夫は、

「母親は、今が一番いいんだろうな。
オレ達を苦しめるのが生きがいになっているから、
今、最高に元気になっていると思う…。」

そうつぶやきました。

義母も苦労しているとは思うけれど、
今している一連のことで、
確かにすごく元気になっていると思います。


気持ちの行きづまった夫は、
ある人へ電話をすることを思いつきました。

「そうだ。一度●●兄ちゃんに電話してみよう。
良く自殺した人の周りにいる人が、
『自分に相談してくれれば良かったのに…』と言っているじゃん。
もう…どうしようもないし、自分は、もうどん底まで落ちているから、
とにかく最後に話してみるよ。」

そう言って●●兄ちゃんに電話をしたのです。

自殺…恐ろしい言葉です。

軽々しく使う言葉ではありません。

夫は、自分が「そうする。」という意味ではなく、
「もうあとがない。」という、自分のギリギリの気持ちを表現して使ったわけですが、
普段使わないそんな言葉が、口をついて出るほど、
切羽詰っているのだと思いました。

<電話をして話してみよう。>

そう思う人がいて、良かったです。


(次に続きます。)

2011.03.08 09:31|未分類
カギつきコメントでご心配いただきました。
ありがとうございますm(__)m

いただいたコメントへの返信です…。


私が他所で仕事をする…ということについては、
常に頭にあります。

自分も外に出たい。

日中、データや資材受取、納品や集金だけのために、
待機しているのは、時間もお金ももったいないことと
よく思っています。

自分の手伝いは、直接お金を産み出さない。

だったら、外で働きたい…。

ところが、実際は、
上にあげた以外に、機械の調子が悪くなった時、
大型機械なので、夫一人の手ではどうにもできないことがあるのです。

重い部品を二人がかりで持ち上げたり、
暗い部分を一人がライトを持ち、一人が工具を持って直したり、
こっちの端でスイッチを入れたと同時に、
あっちの端で動いている部分を確認したり…など、
一人ではできなことが多々あり、
そういったサポートの手が必要なんです。

本当は、人を雇ってでも、やってもらいたい部分なのですが、
他者を雇うのは、お金と責任がかかります。


そういったサポート部分を、私がして、浮かせている…ということなのです。

私なら、お金がかからない。


相手の都合にのみ合わせての納品、機械の故障などなど…
自分の手がいつ必要になるのかわかりません。

その時にいないと、
そこで、夫のしている仕事はストップしてしまいます。

下請けの宿命かもしれませんが、
夫の仕事(家業)で、イチバン大事なのは、

<納期を死守すること。>

なのです。

作業が滞ることがあってはならず、
そのために、私が控えています。

なので、夫は、私が外勤めすることに反対です。

自分が仕事にならなくなりますから。


全力で仕事をしている夫。

家事や育児への協力は、
これまでまったくといっていいほど
ありませんでした。

そのことに不満はありますが、
夫の仕事を見ていると、
協力とか、そういったどころの話ではありません。

ここで、私が外へ働き出したとして、
家事やこどものことで、
夫からの協力は得られません。

私が今の状態で外に出て行くと、
夫の仕事のことも、
こどもの生活のことも、
結局振り回すだけ。ということになってしまうでしょう。

もちろん、お金を稼ぐために、
こどもに多少の我慢や寂しさを強いることになるのは、
仕方ないと思っています。

なので、それは、
私が外勤めをしない理由ではありませんが。


一番は、夫の仕事=家業のサポートをするしかないからです。

もし夫の賛意なく、外勤めを強行したところで、
夫の業務に合わせて、
外勤めは休んだり、遅れたり…となることでしょう。
勤め先からしたら、迷惑な話だと思います。

それはもう明らかなことなので、
自分が外で仕事をする…ということは、
現状考えられないのです。

家業をたたむ。と決断した時点で、
即効動きだすしかない。と考えています。

家業をやめるとなるまでは、夫のサポートに集中し、
なんとか家業を続けていかれるよう画策したいと思っています。
それと、今は調停のために必要な諸事を
しっかりやりたいと思っています。


ただ…家業をやめた時の準備は必要だと思っています。


ここまで書いて記事をアップしますが、
まだ気持ちがうまくまとまっていないので、
またあとで修正するかもしれません。


●●さん。
いつも心配していただいて、本当に本当にありがとうございますm(__)m
客観的なご意見、参考になります。
上のようにまとめてみましたが、
●●さんの言っていることの方が現実的。と思っています。
気持ちが動きます…。





2011.03.08 00:52|調停
思えば、夫は、
本当に、良くもここまでやってきたと思います。

あのお母さんを相手に…。

これまで…
あれだけケチョンケチョンに言われたり、
理不尽な態度をとられたりしてきたというのに、

鈍感に受け止めてきた夫はスゴイと思います。

夫にとって、
鈍感は、あのお母さんと共存していくための、
ひとつの防御だったのだと思います。


でも…ここへきて、
さすがに鈍感でいようにもいられなくなったのでしょう。

日々、打ちのめされている感が強くなっていきました。


今日の調停後も、
夫は、調停委員さんに感謝をしつつ、

「もう自分はオシマイかもしれないと思っている…
これではもう破産だ…」と、言い出しはじめました。


実の母親からとられている態度や
投げかけられる言葉。

「大丈夫。」「平常心でいろ。」「耐えよう。」と励ますのも、もう可哀そうです…。


よくぞこれまで辛抱してきたなぁ…。

夫は、辛抱強いと思います。

でも、もう辛抱の限界を超えていると思います…。


2011.03.08 00:31|日記、にっき
2月の中旬頃から、
いつも以上に気持ちの重たくなる日が多くなりました。

そして…悪くなる一方。

買物に走ったのも、その時期です。

実は、夫が落ち込んだのです。

落ち込んでいる夫を見て、
本当は励ましたり癒したりしなければならないのに、
自分が不安でいっぱいになってしまいました。

夫に対して、
口では
「大丈夫だよ。今以上に悪くはならないよ。」
「気にしないでやっていこうよ。」
なんて声をかけていましたが、
それとは裏腹に、
笑う余裕がどんどんなくなっていく自分がいました。


夫は、気難しいところがあるけれど、
ある部分、能天気…というか…楽観的…というか…
問題に対して、あまり深刻に考えないところが、
良くもあり、悪くもありの人でした。

何があっても、
「だって仕方ないじゃん。考えるのめんどくさいよ。
次いこ。次。とにかくやることやるしかないでしょ。」という姿勢の夫が、

「もう気力がないよ。」

「これでダメなら、
もう何をやってもうまくいかないような気がするよ…。」


と、肩を落としたのです。


<根拠のない自信>
と、いつも私から皮肉られているほど、自信家の夫です。

その夫が、
「もうヤル気がない…」
と言い出したのです。


初めて見る弱気な夫の様子に、
自分、動揺しました。



自分を超える能天気ぶり。自信家な態度。
これまで、そんな夫の様子に腹が立つことしょっちゅうでしたが、
実は、そんな夫の様子に支えれらていた自分に気がつきました。


2011.03.07 22:09|調停
夫に聞くと、
調停委員さんの一人が、とても良い方だそうです。

義母側の話も聞いた上で、
(双方の話を聞いた上で)、
その方は、
義母の態度に理不尽さを感じ、
夫に同調して話を聞いてくれるのだそうです。

ただ、気持ちはそうであっても、
最終的には、法律の決めた通りにするしかなく、
義母が<競売>を求めれば、それを避けることは
できないということです。

なんとか競売を避けられるように…ということで、
その方が「お母さんを調停に呼びましょう。」
(=そして自分が話をしてみましょう)と
言ってくれたそうです。

ただ…周りがそう言えばそう言うほど…
義母は頑なになっていく人です…。

義母に…人の意見を聞く余地があるかどうか…
なかったから、こうなっているわけで…。

実際、次の調停に、
義母が足を運ぶがどうかわかりません。

また、義母が調停に出たところで、
調停委員さんの話を聞き、その意見を変える可能性は
ほぼないでしょう…

奇跡を信じたいところですが。

ただ…夫は、
そういう親身になって話を聞いてくれる
調停委員さんにあたったことに
とても感激しています。

たとえ、結果がうまくいかなくとも、
その方に対する感謝の気持ちは、
忘れることがないでしょう。

2011.03.07 21:51|調停
予想通りではありましたが…

2月1回目の調停で、
義母側の弁護士さんも、
義母を「説得してみます…」と、
言ってくれましたが、
やっぱり説得できなかったそうです。

義母は、

「即競売を。ただし、
息子夫婦(=私達のことです)以外の人間が買うのなら、
任意売却に応じてもいい。」
とにかく「息子夫婦だけには、絶対に売らない。」
と言っているそうです。

何がなんでも、夫と私が、
この土地建物を手にすることは阻止したいそうです。

それが、たとえ競売という形で、
義母自身の身に入ってくるお金が少なくなったとしても。


2011.03.07 21:42|調停
2回目が終わりました。

流れと気持ちを、
短く分けて記事にします。

2011.03.04 10:30|きもち つぶやき

心の目線を上げていこう。


2011.03.04 10:17|日記、にっき
おはようございます。

表面上はこれまでと変らずに過ごしていますが、
もう2カ月近く、心の底に塞ぎこんだ気持ちがあります。

不安…かな。

覗きこむのがコワいので、
意識しないようにしているのですが、
2回目の調停が近づくにつれ、
心の中のザワザワが大きくなっていきます。

最近は、ほぼ1日中胸苦しい。

辛抱。辛抱。

不安にのみ込まれないようにするために、
笑顔を作ることを忘れずに。

今日も淡々と過ごしたいと思います。


「いい1日にするぞ!」

2011.03.03 11:24|お金、おかね
おはようございます。

さきほど、
メインで使っているクレジットカードで貯まったポイントを、
商品交換しました。

ANAのカードで、
これを数年前に作った時は、
まだまだ旅行に行く気満々でした!

(今、まったく程遠い生活になってますけど…^_^;)

マイレージ貯めて旅行行くんだ~♪ってね。

だから、カードばんばん利用するんだ~♪なんてね。思ってました



…しかし…その後の生活…

普段、飛行機にも乗らないので、
まとまったマイレージをゲットできるほどのポイントが貯まることもなく。

かといって、他の商品に交換してしまうと、
当初目的のマイレージで旅行…ができなくなっちゃうし。

そうやってぐずぐずしているうちに、
いつもポイントが少しづつ期限切れで無効になっていく…。


そのうち、わが家の金融危機が発覚し、
カード利用をできるだけおさえる生活となったのは、
これまでブログに書いてきたとおり!


もう<貯めたマイレージで旅行~>なんて、
現実からかけ離れた夢を見るのはやめて、
ポイントを別の商品と交換することにしました。

あと半月で、また500ポイント近く無効になってしまうところだったので^_^;

今貯まっているポイントのほとんどを、
ディズニーランド(orシー)の入園券2枚に交換しました。
4~5年貯めた分のポイントかな?
(途中無効にしてしまったポイントもたくさん…

このカードでは、はじめてのポイント交換になりました。


小さい頃からずっと
ディズニーランドが嫌いだった息子。

でも、去年あたりから楽しめるようになりました。
今は、しょっちゅう行きたがっています。

確か…ディズニーの入場料、値上がりするんですよね?

きっと夏ごろまでにはまた行くだろうから、
そのためにゲットです。


本当は、ギフト券とかの方が割がいいようですが、
まぁ…こどもへのお楽しみということで。

お金をかけずに行けるのはありがたい。


こどもには、
「ディズニーランドに行こう!」とただ言うよりも、

ディズニーランドに行けるチケットをもらったよ~!」

と言った方が、よりワクワク感があって喜んでくれそうです~

2011.03.03 00:29|雑感
自分が書いたN●●とのやりとり記事を読み直していて。

クレーマーの自分に苦笑い。


何度も同じ説明をさせるなんてッ
と、自分怒っているけれど、

考えてみれば、
自分からかけているんだから、
たまたま電話に出たスタッフは、
そんな事情を知らなくても当たり前なわけで。

そんな人に、いきさつを話すことになるのは、
当たり前っちゃ~当たり前なわけで。

「私はそんな名目のお金とは思わないで
払っていた~」と、言われても、
先方からしたら、
今さらそんなこと言われても…というところだろうし。

私、嫌な客だ。


先日、
機種変の携帯を、5000円で買えた話を書きました。

自分は、開店前から並んでなんとかギリギリ買えたので、
良かったのですが、
その時、店内には、買えずに怒っている人も数人いました。

開店から10分ぐらいして買いにきた女性が、
もう売り切れと知って、激怒。

「さっき開店したばかりなのに、どうしてもう売り切れなのよ。
わざわざ電車に乗ってきたのよ。
ないって、どういうことよ!
午後にきて売り切れっていうんならわかるけど、
今、まだ開いたばかりじゃない!」
「こんなの、まるで詐欺じゃない!」
「売り切れなら、他のを出せばいいじゃない!」 などなど…。

しばらく大きな声でゴネていました。


自分、背中で女性の声を聞きながら、
「そう言ったって、開店前から並んでた人もいたんだし…
文句言ったって…もうどうしようもないのになぁ…」と思っていました。

でも、自分は買えたからそう思えただけなんですよね。

その女性だけでなく、何人もの人が、
特売の携帯目当てでやってきたものの、
売り切れと知って、帰っていきました。

もし、自分が買えていなかったら、
どういう態度だったんだろう。

どうも、配られた<引越記念キャンペーン価格>のチラシには、
台数限定とは、書いてなかったらしいです。

(自分も、電話での問い合わせだったので知りませんでした。)

そりゃ…開店してすぐ来たのに、
目当てのものが、
「もう売り切れです。」と、言われれば、

「なにぃ~っ?!」と、思いますよね。

お店側は、
せめてチラシに「台数限定」と、
書いておけば良かったんだと思いますが。

客寄せしたかったとしても…

こんな風にお客さんから文句が出るのは、
当たり前だと思う…



今回の自分のN●●の場合…。

どうやったら自分が納得するのかを考えてみました。


リモートサポートサービスの契約申込書に、
そのサービスの内容が書いてあり、
それを読んだ上で、自著を求められていて、
そこに自分がサインしていたとしたら納得しますね。

契約書って、大体がそういうものだと思いますが、
今回はどうだったんだろう?

「ちゃんとお客様からのサイン(自著)をいただいておりまして…」
と、言われたら、

「そうでしたか。すみません!」と、納得するだろうな。


自分は、
期日をある程度明確にして欲しい。と思うけれど、

お客さんによっては、
その期日までに対応できなかった時、
ものすごく立腹するお客さんもいるだろうし。

なので、敢えて具体的な期日は口にしない…
ということもあるかもしれませんしね。


クレーム処理…。
本当に難しいだろうな~。

自分、クレームをつける側。クレームを処理する側。
どちらにもなりたくないなぁ…と思いました…。

今回、自分クレーム側になってしまいましたが、
クレーム対応をされている方…
お疲れ様です…m(__)m


02 | 2011/03 | 04
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
都内在住アラフォーの妻です。

抱える借金6千万orz…。

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。

長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ

リスト


カテゴリ

検索フォーム

リンク