FC2ブログ
2011.03.15 13:30|日記、にっき
ウチは、細長い5階建ての建物の最上階。
近くに大きな幹線道路もあるので、
しょっちゅう揺れています。

しょっちゅうというより、
常に…という感じで。

なので、揺れには鈍感になっているのですが、
今回ばかりは、
はじめに、
ズシズシズシ…と静かながらも不気味な振動が
まずは地面から伝わってきて、

あ、これはマズイ!

と、思ったとたんに、ガタガタと揺れ始め、
その後は
ぐらん~ぐら~んと、建物全体が大きく揺さぶられました。

どうしていいかわからず、
とにかく脱出口を確保しようと扉に向けてダッシュ。

扉を開けて、扉につかまって
身を低くしていました。


外に飛び出るのもキケンだし、
中にいるのもキケンだし、
本当にどうしていいかわからなかったです。


立っていられない…というほどではなかったけれど、
何かにつかまっていないと、
まっすぐには立っていられませんでした。

建物も、窓のから見える電柱もグラグラと揺れまくり、
荒波の中の船に乗っているようでした。

部屋の方からは、
ガチャン!バタン!と、様々な衝突音が聞こえてきました。

だいぶ長く感じ、揺れがおさまってから、
急いで、1階の工場に降りていきました。

共有階段の壁は、従来の亀裂に沿って、
塗装片がボロボロとはがれおちていました。

工場の中、機械は何事もなかったけれど、
棚の上の方にあった備品は、ほとんどが落下し、
積み上げて保管してある資材は、崩れ落ちて床に散乱していました。

動揺しながらも、片づけ。

夫は、機械をとめている場合ではないので、
強い余震が来ても、とにかく機械を回し続けていました。

5階の自宅に戻ると、
食器が10~15枚、ガラスの貯金箱、ガラスのスタンドライト…
などが割れていました。

テレビやパソコンモニターはひっくり返り、
振り子時計は壁から落ち、
スライド式になっている家具の引き出しは全て開き、
砂糖や塩、オリーブオイルなどの容器も床に落ちて、
調味料が床一面に広がっていました。
机の上、棚の上、流しの上、オープン戸棚、
そういったところにあった物のほとんどが、
床に落ちていました。

大きな家具もずれていました。

あまり高い家具はないのですが、
一つだけ背の高いキャビネットがあり、
それは、前面から倒れていました。

前面はすりガラスになっているので、
割れてしまいましたが、
幸いたたんだ布団の上に倒れていたので、
飛散はまぬがれました。

実は、今も余震がコワいので、
まだそのままに倒してあります。

よって、ガラスも布団もそのままに。

こどもと自分が使っていた布団達だったので、
今は、とりあえずキャンプ用の簡易な寝具を使って寝ています。

自分一人ではとても起こせない重さなので、
夫の仕事と、余震の状況を見て
直したいと思っています。

昨日あたりから余震もだいぶ少なくなり、
それにつれて、片づけもだいぶ落ち着いてきました。

なにしろ頻繁に余震や緊急予報が出るので、その度に、
ドアに向けてダッシュ…という感じです。
(5階にいるので、とにかくドアが一番の逃げ道です。)

トイレに入るのも、シャワーをするのも、
気を抜けず、緊張の毎日が続きました。


本震~余震と、ずっとゆられっぱなしで、
軽く酔っているような、めまいがしっぱなしの状態です。

もう慣れてきてさえいるのですが、
大きな余震の可能性がまだまだあるということで、
用心を忘れないようにしたいと思います。

スポンサーサイト



2011.03.15 10:17|日記、にっき
政府の不安な手腕、もどかしい東電の会見、交通の混乱、情報伝達の不足、
思うようには進まぬ救援救助…

不平不満はいくらでもあるだろう。


メディアでは、

東電の会見で、記者が厳しく詰問する姿が映し出される。

こんな政府の対応はお粗末だ…と辛辣なコメントを残すキャスターや
コメンテーターもいる。


苦言、辛辣、糾弾、不満…
そういうことは、
自分は、今は、メディアの人にまかせたいと思う。


今、原発の現場では、身体をはって最善を尽くしている作業員がいる。

被災地では、人を救おうと、全力で活動している救助隊がいる。

世界中から、祈りと励ましが、日々、限りなく届いている。


地震の翌翌日。
画面に一人の初老の男性が映し出された。

津波と火災で全てを失い、
ガレキの山を背に、
スコップ片手に片づけをしている。

レポーターがマイクを向けた。
「大変ですね。」

いきなりそう声をかけられた男性は、
「ここだけじゃないですから。」
と、すぐに返した。

口から出てきたのは、
自身の不平や失望の言葉ではなかったことに、
私は驚いた。

大変なのは、自分だけじゃない。
みんなだって大変だ。


これ以上ありえないほど過酷な状況だというのに、
即そう答えられる心のあり方に、
感動した。

被災地では、一人一人が耐えている。


被災地の避難所の映像では、
笑顔ではしゃぐ幼子達が時々チラリと映り込む。

どんな状況であっても、
こどもは笑顔と共にある。


被災地にいない自分は、この災害においては、
何かに不満を持ったり、誰かを責めたりせず、
今は、メディアが伝えてくれる 
そういった一生懸命な人達の映像や言葉を
心に焼き付けたいと思う。

煽られることなく、
他を責めることをせず、
自分は…自分は…と自分のことばかり考えないようにして、
被災地にいる人々につながることを考えて行動したいと思う。


2011.03.15 09:49|日記、にっき
おはようございます。

地震当日から、夜が明けるたび、
壮絶な被災状況が明らかとなり、愕然とする毎日。

おそろしさとやりきれなさでいっぱいになりました。

次々と飛び込んでくる、地震と火災と津波の凄まじい映像。
ヘルメットをかぶったキャスター。
何日も、コマーシャルのいっさい入らない報道番組。

そして、絶え間なく続く余震。

これまでにない異様な状況に、
トイレに入ることさえもコワくて、
不安と緊張の続く毎日でした。

余震は、昨日からだいぶ少なくなってきました。
それにつれて、ようやく気持ちも落ち着いてきましたが、
原発のこと、大きな余震のこと、
心配は消えません。

自分の心配は以上ですが、
大きな被災にみまわれた方々の、
悲しみ、つらさ、これから先への不安…
その途方もない大きさを思うと、
自分にできることを、とにかく何かしてあげたい。
と、強く思います。

そして、
自分の身の周りの小さなことから、
きちんと考え、きちんと前にすすめていくことで、
協力につなげていきたいと思います。

一刻も早く、
被災された人々に、
救いの手がのべられますように。

02 | 2011/03 | 04
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
アラフォーの妻です。
(→現在は、50オーバーとなりました)

抱える借金6千万orz…。
(→現在は、約4千万です。アパートローン含みます)

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。
(→現在も、廃業スレスレでやってます)

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。


長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz
その顛末は、カテゴリ≪調停≫~《民事裁判》で記事にしています。

追記:2012年7月~8月 調停から裁判へともつれこんだ1年8カ月に及ぶ義母と決着。

追記:2013年 自営の経営不振で収入激減。居ても立っても居られずパートをはじめる。

追記:2016年 こどもが不登校に。その顛末は、カテゴリ≪不登校≫で記事にしています。

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ

リスト


カテゴリ

検索フォーム

リンク

フリーエリア

最新コメント