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2018.09.28 01:59|好き&動画


ジプシーキングス。

この年になって、初のブルーノートへ足を向けたのは、
「ジプシーキングス」が来日していたから。

正確には、今回、ジプシーキングスではなく、
≪The Orijinal Gypsies “REUNION”≫なのだけれど、
詳細省略。






30年ぶりの思いがかなっって
ジプシーキングス。

私がまだ学生だった頃、初来日した時に行きそびれ、
その後、『鬼平犯科帳』で曲が使われたりとか?
CMでも曲が使われて人気が出、
メンバーやバンド名を変えて何度か来日公演していたけれど、
出産後だったり、お金とか時間とかもろもろ余裕がなくて、
コンサートとかライブどころじゃなかった。

今回は、
オリジナルメンバーが再会・再結集しての来日公演をすると
2日前に知り、
相変わらず自分にはお金も時間も余裕がなかったけれど、
思い切って飛び出した。

最高に楽しかった!

ブルーノートという会場も良かった。
超間近にアーチストを観ながら、
彼らの音楽にのせられて、
もうみんなスタンディング。

熱い熱い!

一緒になって、歌って踊って大興奮。

あ~楽しかった!!!!!!


Youtube;


こんなミュージックビデオがあったんだ。今初めて見た。皆若い!!!!!センス古っ!!!!!
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2018.09.27 17:10|おでかけ






人生初 ブルーノート東京
2018.09.09 17:18|おでかけ
きれい。



首都高。

自分のブログタイトルに「五十路」という言葉を使っているが、
これはもう使えない。

五十路は「50歳」という意味だと知ったので。

てっきり「五十路」=「50代」 のことだと思っていた。

知らなかった!

今のブログの前は、「五十路」の部分が「四十路」だった。

自分の中では「四十代」の意味で使っていた。

ずっと間違えていた。

四十路は「40歳」か。

とうに40を超え、50になるまで使っていたのだけど、
だいぶ図々しいタイトルだったんだな。

今、「五十路」にかわる言葉を考えているけれど、
「アラフィフ」は使いたくないしなぁ~。

ブログを書き始めた時は、
確か「アラフォー」とタイトルに入れていた。

「五十代」であることを伝えたいのだけど、
何かぴったりな言葉はないだろうか?????

う~ん???????

2018.09.03 11:43|不登校
そんなツイッターで目にして、
「そうか。」と思ったものに、こんなのがあった。

日本では「みんな同じだから差別はいけません」と教えられる。

海外では「みんな違うのだから差別はいけません」と教えられる。



確かそんな感じのツイート。

「海外」だか「外国」だか具体的な国名だったかは忘れたけれど。

日本の民族性とか歴史的なものがあるから、そう教育されてきたのは仕方ないけれど、
違っていると排斥されるような、そんな学校の空気が少しでも薄らいでほしい。

2018.09.03 11:30|雑感
ツイッターって、プロアマ関係なく、
玉石混合の言葉がつぶやかれ、

「玉石混合」も
ある人にとっては玉でも、別の人にとっては石にすぎなかったり、
同じ人にとっても、その時は玉でも、時が違えば石であったり。

歌みたいな存在だなぁ。と思う。

見たければ見ればいいし。
聴きたければ聴けばいいし。

もちろん、玉でなくても石でなくても良い。

2018.09.03 01:28|不登校
一番言いたいこと。

それは、「不登校はダメではない」ということ。

これは、最近どんどん認知されていっていると思う。

多様化している社会において、
日本の教育システムは50年も変わらずらしい。

多様化を認めない、みんなが一緒であることを求める日本の教育システム。

「同調圧力」を徹底する日本の学校。

異質なものを排除する空気。

そこから生まれる「スクールカースト」

そんなだから、不登校は増えて当たり前。

特別なことではないでしょう。

国も、ようやく動き出しているようです。

記事なくなっちゃうかもですが、貼っておきます。
(→「学校へ戻すことがゴールじゃない」文科省が不登校対応の歴史的な見直しへ)

「不登校は特別なことではない。」

私の年代からすると、そう言われてもまだまだ納得しかねるかと思うけれど、
現場(現状)、世情、対策には大きなズレがあるのは常ですからね…。

そのひずみが、こどもたちを犠牲にする日が1日も早くなくなりますように。

私がここに書いても、明日の登校を悩むこどもたちの一人にも届きませんが、

「不登校はダメではない」という文字が、
一人でも多くの人の目にとまりますように。

「学校に行かなくてはいけない」ということが、
壮大な思い込みに過ぎないと認知されますように。


2018.09.03 00:56|不登校
息子は、そのあと、通っていた高校をやめ、
受験をし直すことを決めた。

今は、別の高校で、高校生活を送っている。

相変わらず人づきあいが苦手で、
気質的に本人が変わったわけではないけれど、
息苦しい一般的な学校制度から解放された自由な校風の学校で、
話をする友人もでき、先生の誘いで運動もはじめた。

運動音痴で、全力で運動を拒否していた「アンチ運動」息子が、
某競技にはまり、今は、毎日のように運動をし、全国大会まで参加することになった。

これは自慢かもしれない。

「まさか息子が不登校」から、まさか「息子自慢」を書いている今。

自慢を書きたいわけじゃない。

別の場所に進んだ結果、
こんな「今」があるということ。


不登校になり、保健室の先生から「別の場所がある~」の話を聞いた時、
暗に「学校をやめた方がいい」と言われたように思い、
「所詮先生にとっては他人ごとでしょ!」と、憤ったあの時の自分。

「別の場所がある」(=別の生き方がある)、と言われても、
そんなこと1ミリも信じられなかった当時と、
こんなことを書いている「今」を、事実として記録しておきたい。

2018.09.03 00:13|不登校
息子が不登校中、
その高校の保健室の先生から、

「学校をやめても、
別の場所で生き生きと過ごせるようになった子を、
何人も見てきている…」という話を聞いた。
(→★)

まるでやめることを催促されているようで、
当時の私は、その先生を非情にさえ感じた。

でも、今ならわかる。

先生の言う通りだったと。

2018.09.03 00:05|不登校
明日から新学期という学校が多く、
テレビやネットでも、
こどもたちの自殺を食い止めようとするニュースや記事が
散見される。

息子は2年前。
高校1年の夏休み明けに不登校になった。

いじめという問題はなかったし、
高校に馴染めているように見えなかったけれど、
1学期中はただ新しい環境に慣れないだけ…と思っていた。

だから、
夏休み最終日、いきなりの高熱からの不登校…は、
「まさかうちの子が不登校?!」と、信じられない事態のはじまりだった。

その時のことを、
去年、この時期にいてもたってもいられなくなって、
一気に記事にした。

「不登校」というカテゴリにしてある。

なので、もう新しく書けることはないけれど、
今一度、書いておきたい。

当時、不登校になったものの、
本人は「高校は卒業しなくては駄目だ」と思い、
学校を続けようと苦闘していた。

でも、頭とはうらはらに、体と心が拒否していた。

スクールカウンセラーの先生との面談や、
単位のための体育の補講。

教室には入れないが、
学校を続けるために、そういったことはなんとかこなそうと、
息子が家を出る日があった。

学校へ向かう息子にほっとすると同時に、
(心の中では、やっぱり息子に高校を続けて欲しかったので)

その後ろ姿を見て、
「電車に飛び込んでしまったらどうしよう?」と、
大きな不安に襲われた。

帰ってくるまでは不安で不安で仕方なく、
怖かった。
息子が無事に家に戻ってくると、心底安堵した。

それぐらい危うい状況だった。

「学校へ行くこと」
それが最善だと思っていた。

だから、つらくても、危うくても、
そうすべき(学校へ行くべき)だと、
本人も私も思っていた。



別の場所にいる今、
それは違う、とはっきり言い切れる。

2018.09.02 15:26|好き&動画
感銘を受け、ものすごく共感した酒井敏教授のお話。貼っておく。

フラクタルシェイド 酒井敏教授のお話。

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プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
アラフォーの妻です。
(→現在は、50オーバーとなりました)

抱える借金6千万orz…。
(→現在は、約4千万です。アパートローン含みます)

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。
(→現在も、廃業スレスレでやってます)

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。


長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz
その顛末は、カテゴリ≪調停≫~《民事裁判》で記事にしています。

追記:2012年7月~8月 調停から裁判へともつれこんだ1年8カ月に及ぶ義母と決着。

追記:2013年 自営の経営不振で収入激減。居ても立っても居られずパートをはじめる。

追記:2016年 こどもが不登校に。その顛末は、カテゴリ≪不登校≫で記事にしています。

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