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2019.01.22 00:29|未分類
あぁ、毎日毎日大わらわ。
相変らずの一日。

今日も疲れた~!

その原因は、
いちばんに自分のだらしさなさ、適当さなんですよ。

面倒くさがりで何でも先延ばしにするから、
さらにことがややこしくなる。

生来の怠け者でしょうもない…泣

それは重々承知で言わせてもらえば、私は、
たぶん人並よりはちょっと役目が多い…。
そのせいもあるのだと思いたい。

「人並」ってどこらへんを指すのか、
そのつっ込みはナシで。

私はまず「主婦」であるからして、
つまり「家事」「育児」は、そのほとんどが私の役目である。

そして稼業が「自営」であるので、
その仕事もある。
まぁ、夫だけの会社だし、私がすることは経理的なことに限られているけれど、
赤字続きの自営の金策は心身ともに重労働だ。

そうして「大家」もしている。
これまた小さな賃貸ながら、入居者の入替え時や、
建物の修繕、まれにある入居者のトラブル等、
きっちり手がかかる。
賃貸経営が「不労所得」だなんて、ウソウソ。
金持ち大家さんはそうかもしれないが、
貧乏大家の私たちは、金銭的に、
自分たちでできること(修繕)は自分たちで
しなくてはならない。
夫は修繕を頑張るが、
対不動産屋、対入居者は、私の担当。
お金の出入りも大きく、ここでも金策労働甚だしい。(←当然私の担当)


そうして、「外仕事」。
自営の仕事と区別するため、「外仕事」と自分の中で呼んでいるが、
5年前から「パート」をはじめた。
自営の減収分をどうにかしようとはじめたが、
今や減収しすぎて、家計の足しどころか、
家計の「頼みの綱」の様相になっている。
黙々と働いていたら、去年、
「パート」から「社員」になった。
つまり「パート」から「フルタイム」になり、
ますます時間に追われ、余裕がなくなってしまった。

(時間軸を考えずに言えば、この数年、
ここに「義母との裁判」「こどもの不登校」というイレギュラーな大事もプラスされており…。)

「主婦」「自営」「大家」「会社員」
この4つの役割を今の私はしているわけで、
どう考えたって私にはキャパオーバーなんですよ。

これが「デキる女」だったら、
「きりもり」という、なんとなく頼もしい感じの言葉で表わせるんでしょうけどね。

なんたって「私」なんですから。「私」。

できるわけないっつーの!

毎日、息も絶え絶え。大わらわ。

この先、ここに「介護」とか…………?考えたくない…考えたくない。

私より大変な状況でやっている人たちは山ほどいるから、
言うべきもんじゃないと自制しているのだけど、

だけど…だけど…だけど…

いいよ。よくやってるよ。自分!

少し自分を褒めさせてくれ~!



あ、いちばんやっかいな役目を忘れてた…
それは、小さなこどもよりも手のかかる
「オレ様夫」の相手役です!!!!!!!

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2019.01.20 03:52|日記、にっき
いつもいつも書こうと思っていこと。

なのに、書きづらかったことの一つ。

記録しておく。

近所の人が年老いていく。

3~4年前に、隣のおじさんの姿が見えなくなった。

私が今のこの家に出入りするようになったのは30年前ぐらいか。

その頃から知っている。

この家の先住人だった義母から、隣のおじさんの話題は良く聞いていたし、
工場(こうば)が大雨で浸水した時に、水を掻き出してくれてたりして、
まだまだ体力があり、力強かった頃のおじさんを知っている。

義母との裁判ですったもんだしていた頃、
隣の家の玄関の三和土に座り(おじさんの定位置)、こちらの様子を伺い、
時に義母、時に私に、声をかけてくれたおじさん。

お酒好きのおじさんが飲み屋に出かけたりする姿や
三和土に座る姿を見かけなくなり、
ある日、おじさんの妹さんという方が
「兄が施設に入ることになったので、(隣の)家を売ることになりました。」と
挨拶に現れ、おじさんがもう一人ではどうにもならないほど
年老いて体を悪くしていることを知った。


良く近所を散歩しているおじさんがいた。
この方も30年近く前から顔を知っている。

人懐こいおじさんで、
昔していた仕事のことや、
今は仕事をやめて近所のアパートに住んでいることなど、
誰にでも話しているので、
このあたりの「顔」のおじさんだった。

私も当たり前のように挨拶を交わすおじさんだった。

特に、犬を散歩させるようになってからは、
うちのワンコが尻尾を振っておじさんに寄っていくので、
可愛がってもらったりしていた。

人懐こすぎるおじさんが、実は私はちょっと苦手だった。

ほぼ毎日のように会っていたそのおじさんの姿を、
この半年ぐらい見かけていない。

本当に、外に出ればこのおじさんに会う。ぐらいだったのに。

この1~2年、、会うたびに痩せており、
かといって病院に通っているような身なりや様子でもなく…。

近所の「顔」であるのに名前も知らないおじさんの消息を、
尋ねることのできる知り合いもいない。

入院か亡くなられたか…のどちらかなのだと思う。


1本路地をはさんだ先のご夫婦。

おじさんがいつも大型犬2匹を散歩させていた。

私も自分で犬を飼う前に、会えば触らせてもらっていた。
大人しくて優しい大型犬だった。

初めて会った時は、大型犬を飼う、中年の元気なご夫婦。
といった様子で、奥さんに見送られながら、
うちの前を通って散歩に出かけるおじさんの姿が毎日見られた。

けれど、
やがて大型犬2匹が1匹になり、2年前に犬はいなくなってしまった。

犬を連れて毎日元気に散歩していたおじさんは、
今も毎日同じ時間帯にうちの前を一人で通る。

散歩かコンビニか。

かつては毒舌で、ちょっとバブリーな感じさえする威勢の良いおじさんだったけれど、
今は、少し腰が曲がりコンビニの袋を提げて弱々しく一人で歩いている。

奥さんはパートに出ているようで、
私とほぼ同時間帯に、仕事終わりのスーパーで買い物をしているのを見かけたりする。


なんだろうな…。

なんとういうか。

こういう光景をわざわざ集めたいわけではないのだけれど、
思わずにはいられないのです。

自分の年上の人の老化に驚いてしまうし、目が向いてしまう。

物悲しさを感じざるを得ないのです。

つまり、自分もそういうことなんだと思うのです。

2019.01.20 02:48|雑感
新年あけてまだひと月もたたないのに。

2019年。平成最後の年の
最初の文字記事だというのに。

気持ち暗い記事です。

縁起を担がれる方はスルーで。

隣の隣の家のご主人が亡くなったことを、
町内の掲示板に貼られた訃報で知った。

昔でいうところの「隣組」みたいなグループ分けで一緒のご家庭である。

うちともう3軒、合わせて4軒が「隣組」。
昔からの家が2軒(どちらも高齢の家庭)、
義両親の世代からすると居住30年の私たち、
そして、3年前だったか、隣の独り暮らしのおじさんが亡くなり、
家が売りに出されたのち新築の家が建ち、今は40~50代の男性が一人で暮らしている。
という構成である。

付き合いは薄く、回覧板や町内会費を集金する時ぐらいしか会うことがない。
今回も特に連絡がくることはなかった。

亡くなった方の奥さんとは、会えば挨拶をするし、ちょっとした世間話をすることもあるし、
時々果物や野菜を一つ二つくれたりして、その気遣いが嬉しかったし、
なのにうちは何もしなくて悪いなぁ…。と思ってはいた。

本当はこっちが気を使うべきなのに。
正直、気を回す余裕もなく、忘れていることがほとんどの付き合いだった。

「隣組」とはいっても、
親子ほどの年齢差のあるおばさんと私とでは、
立ち話であいさつ程度の話し以外に会話がすすむこともなかったし、
何より義母とのすったもんだの裁判沙汰のあとに住むようになった私たちなので、
おばさんは大人の気遣いで気を利かせ、距離をとって接してくれていたように思う。

おばさんのご主人は、ここ数年ぼんやりとした様子で家の周りをフラフラと散歩をしていたけれど、
ある日おばさんから、「ボケてしまっているから」と聞き、
脚立に乗って植木を切っているご主人のいつかの姿を思い出し、月日の流れを感じたりしていたのだった。

訃報を見ると、ご主人は85才だった。

もうそんなご年齢だったのか…。

明日、お線香をあげに行ってこようと思う。

2019.01.01 07:27|日記、にっき


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プロフィール

sango*

Author:sango*
こんにちは。
アラフォーの妻です。
(→現在は、50オーバーとなりました)

抱える借金6千万orz…。
(→現在は、約4千万です。アパートローン含みます)

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。
(→現在も、廃業スレスレでやってます)

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。


長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz
その顛末は、カテゴリ≪調停≫~《民事裁判》で記事にしています。

追記:2012年7月~8月 調停から裁判へともつれこんだ1年8カ月に及ぶ義母と決着。

追記:2013年 自営の経営不振で収入激減。居ても立っても居られずパートをはじめる。

追記:2016年 こどもが不登校に。その顛末は、カテゴリ≪不登校≫で記事にしています。

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