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連絡

2012.04.12 00:59|民事裁判
3月の21日に口頭弁論(裁判)があったのですが、
その報告が、弁護士の先生からありません。

でも、いつものことです。


どうなったのか?


こちらは気が気でないのですが、
先生から即連絡が入ることは、ないです。


初回の口頭弁論のあと、
すぐに連絡がこなくて、
しびれを切らした夫が数日後に連絡を入れたところ、
なかなか先生とつながらない。

何度も連絡を入れて、
ようやく先生と話すことができました。
(その時の記事です→


2回目の口頭弁論のあともそうでした。
(その時の記事です→


どうも「何かあった時にだけ連絡する。」というスタイルらしい…


そんなわけで、
<そんなもんなんだ…こちらからの連絡催促はやめて、
とにかく先生の都合におまかせしよう…>

そう決めて、連絡は極力遠慮し、
実際そうしていたのですが、
今回は、信金さんも絡んでいます。

その信金さんから、
「裁判はどうなりましたか?」と
連絡が入りました。

ワタシ達のために、
イレギュラーに社内決定を急いでくれ、
融資OKの返事を出してくれた信金さんです。

その信金さんに、
なんの報告もできません。

先生が即連絡をくれないことは
毎度のことなので、良くわかっており、
とにかく<待ち>の姿勢でいたのですが、
1週間以上経った頃、
先生から
裁判所作成の「和解案」コピーが送られてきました。

びっくりしました。

いったいどうなっているんだろう…???????


「和解案」というのは嬉しいのですが、
売買価格がかなり高い金額になっていました。

そのことと、信金さんへの報告もあったので、
先生にファクスで連絡を請うたのですが、
(やりとりはファクス)
返事ナシ…


いや…正確にいうと、
リアクションはあったのですが、
それは信金さんに報告したい内容ではなく…
(別の記事にします。)

信金の担当者さんから、
「現状どうなっているか?」の連絡が何度か入り、
答えることができないままでいました。

お願いしておきながら放置状態のようにになってしまい、
このままだと、
融資話が破談になってしまうかもしれない…

危機感でいっぱいになりました。

先生に「連絡を欲しい」と、
何度も事務所に電話や、
聞きたいことのファクスを入れるものの、
返信ナシ。

そうして…口頭弁論からほぼ3週間。

先生に、
「信金さんとの関係があるので、
とにかく連絡が欲しい。」
「せめて次回の口頭弁論の期日だけも教えてくれないか?」
「このままだと、融資話が流れてしまうかもしれない」
という内容のファクスを送り、何度も電話をかけたところ、
ようやく夫は先生と話すことができました。

弁護士さん。
あるいは、弁護士事務所により
方針や、顧客とのかかわり方は、
さまざまなんだと思います。


この先生が良いのかどうかわかりませんが、
どんなにヤキモキしたところで、
今は、先生におまかせするしかないのです。


実際のところ、
あまりに連絡をくれないので、
夫もワタシも、さすがに今回は先生を糾弾しそうになりました…。

ですが、
今は、自分達のそんな気持ちよりも、
流れのままを、信じるしかありません。


なんとか先生と連絡がつき、
信金さんに3月の裁判の報告ができたのが、
今日(4月11日)です。

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sango*

Author:sango*
こんにちは。
アラフォーの妻です。
(→現在は、50オーバーとなりました)

抱える借金6千万orz…。
(→現在は、約4千万です。アパートローン含みます)

某業界超末端に位置する自営業。
前代からの大借金で明日にも廃業の危機。
こども一人抱え、
仕事も家もまもなく手放すことになりそうです。
(→現在も、廃業スレスレでやってます)

そして、
こんな状況にもかかわらず、
ずるずると無駄買いをやめることのできないダメダメな私…。
日々、物欲と格闘中。


長くなりそうなので、プロフィールの続きは、
ブログ本文に書いていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

追記:2009年、ブログをつけ始めてから、
2010年に、マイホームは売却しました。
その顛末は、カテゴリ≪売却準備≫で
記事にしています。

追記:2011年1月 義母との調停が始まってしまいました…orz
その顛末は、カテゴリ≪調停≫~《民事裁判》で記事にしています。

追記:2012年7月~8月 調停から裁判へともつれこんだ1年8カ月に及ぶ義母と決着。

追記:2013年 自営の経営不振で収入激減。居ても立っても居られずパートをはじめる。

追記:2016年 こどもが不登校に。その顛末は、カテゴリ≪不登校≫で記事にしています。

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